この記事は約 5 分で読めます

東京都千代田区永田町の「日枝神社」の山王祭で『下町連合渡御』を観ました。

こんにちは。

 

毎年6月に東京の「日枝神社」では山王祭(さんのうまつり)という約10日間にわたる盛大なお祭りが行われています。

 

2016年6月10日の「日枝神社」山王祭の『祭礼行列・神幸祭』を観てから2日後、今度は「日枝神社」山王祭の『下町連合渡御(したまちれんごうとぎょ)』を観に行きました。

 

ということで、今回は2016年6月12日に行われた「日枝神社」山王祭の『下町連合渡御(したまちれんごうとぎょ)』のお話をしたいと思います。

スポンサーリンク

「日枝神社」山王祭の『下町連合渡御』とは?

日枝神社・山王祭・下町連合渡御 (6)

「日枝神社」山王祭の『下町連合渡御(したまちれんごうとぎょ)』とは、日本橋から八丁堀までの、いわゆる江戸城下の「下町」の各神輿渡御の連合のことです。

 

神輿渡御とは、神社の祭礼でご神体を乗せた神輿が各摂社・末社・重要地域などを巡ることであり、第2次世界大戦終結後、「下町」も復興とともに都市化が加速して、神輿の担ぎ手が減少し、各町会の神輿渡御の活気がどんどん失われていったそうです。

 

活気が失われていることに危機感を持った「日本橋」の若手たちが「京橋」へ声をかけ平成14年(2004年)から、東京・日本橋の中央通りの京橋から日本橋までを神輿が練り歩く「町会神輿の連合渡御」が始まりです。

 

また平成18年(2006年)に「茅場町」が加わり、さらに平成20年(2008年)には八丁堀も加わり、江戸城下の「下町」全体が協力し合う『下町連合渡御』が行われ、現在に至っています。

 

京橋エリアで『下町連合渡御』を観る

日枝神社・山王祭・下町連合渡御 (5)

私は、2016年6月12日の午後0時30分に東京・中央通りの京橋から日本橋間で『下町連合渡御』を観ました。

 

この京橋エリアは東京・中央通りの渡御のスタート地点で、『下町連合渡御』の大見せ場です!神輿は全部で15基登場するんですよ!

 

まずは、『下町連合渡御』の開始のセレモニーです。

神様が通ることを告げる者である、天狗の面の「猿田彦(さるたひこ)」と白い面の「天鈿女命(あめのうずめ)」と「神職」を先頭に、江戸消防記念館の鳶頭約100名が続いていきます。

 

が、周りの沿道の方々が詰めかけ、撮影はこの有様・・・。

 

え~!?私、ちゃんと歩道で撮影してたのに(T_T)!!

 

気を取り直して、神輿1基目。

こちらは「日本橋三丁目西」の神輿です。

 

すぐに神輿2基目・3基目。

手前の神輿が「日本橋一丁目」の神輿。奥の神輿が「日本橋二丁目通」の神輿です。この動画では野村證券の皆さんとみずほ銀行の皆さんが映っていますが、その地区の企業の皆さんも渡御に参加しているのは立派だと思います。

 

そして、神輿4基目。

こちらは「八重洲一丁目東」の神輿です。町神輿のなかで1・2を争う大きさの神輿で、重さは約1トンあるそうです。この「八重洲一丁目東」は江戸の頃「檜物町(ひものちょう)」という町名だったため、半纏も「檜物町」の方がチラホラ見ることができます。

 

続いて、神輿5基目。

こちらは「京橋一丁目」の神輿です。このあたりから、次々と神輿が来て、どこの町名の神輿なのか分からなくなってきます。

 

神輿6基目。

こちら「京橋三丁目」の神輿です。

 

神輿7基目。神輿8基目。

手前の神輿が「京橋二丁目東」の神輿、奥の神輿は「京橋二丁目西」の神輿です。

 

神輿9基目。

こちらは「京橋宝町」の神輿です。私の観た町名の中で、一番盛り上がりながら神輿を担いでいたと思います。

 

輿10基目。

こちらは「日本橋七之部」は神輿は2基出ます。そのうちの1つ目の神輿です。1つ手前の「京橋宝町」の神輿に負けじと、こちらも盛り上がっていました。神輿と一緒に獅子舞が歩いており、道中のお子さんをかじっていました。良いことがあるとよいですね。

 

さあ、神輿11基目。

こちらは「日本橋七之部」の神輿です。こちらは2つ目の神輿です。「日本橋七之部」の中には「兜町」も入っているのですが、「兜町」の「山車」の太鼓に上には“兜”が付いているそうです。今回出ていたのかなぁ?京橋エリアでは確認することができませんでした・・・。

 

途中で「日本橋七之部」の2つ目の神輿が1つ目の神輿を追い越して行ってしまいました。

 

これで、どこの町名の神輿か?さらに分からなくなってしまいましたよ(^^;)。

 

神輿12基目。

こちらは「八丁堀四丁目東」の神輿です。私個人的には、後半の町名の神輿のほうが盛り上がっていて楽しかったですよ!

 

とくに先を急ごうとする神輿を必死で押さえている氏子さんの姿に、祭りの管理者の大変さの一場面を見ることができました。

 

なのに、このあたりになると沿道の観光客は日本橋エリアへ移動し始めるため、少しずつ沿道の観光客が少なくなってきます。

 

最後尾の神輿13基目と神輿14基目です。

手前の神輿が「八丁堀三丁目西」の神輿、奥の神輿が「八丁堀二丁目西」の神輿です。

 

これで一通り全部無事に撮れ・・・。

 

あれ?15基中14基しかない!?

 

1基取り忘れた!?

 

ということで、急いで日本橋エリアに向かいました。

スポンサーリンク

 

日本橋エリアで『下町連合渡御』を観る

日枝神社・山王祭・下町連合渡御 (7)

日本橋エリアでは日本橋高島屋を越え日本橋に到達したら『下町連合渡御』のクライマックスが行われます。

 

クライマックスの内容は道路元標上で“差し上げ”という儀式で、日本橋の橋の中央にある“道路元標”(国道の起点)まできたら、1基1基、神輿が天高く“差し上げ”られます。

 

そして今年は、すべての神輿が日本橋の橋から日本橋髙島屋へと戻り、いくつかの神輿は日本橋高島屋の店前のアプローチまで入り、木頭による神輿との最後の白熱したやり合いが行われました。

 

一方、私はカメラ内を細かにチェックし、取り忘れの神輿を発見!!追いかけていって、無事撮影することができました。

 

ということで、本当に最後の神輿15基目。

この神輿は「江戸橋連合」の神輿です。見つけることが出来て、本当に良かった。

 

15基全ての神輿を動画に収めましたが、各町名ごとに活気や盛り上げ方が異なるのが面白かったです。

 

「日枝神社」山王祭の『下町連合渡御』を観て

日枝神社・山王祭・下町連合渡御 (2)

 

これで全部無事に撮ることができました。良かった!

 

と思ったら、まさかのカメラのバッテリー切れ。取り忘れた神輿をカメラ内で探しまくっていたので、今思うと当然ですね。『下町連合渡御』のクライマックスを撮ることが出来ませんでした。

 

でも、観ていて非常に楽しかったです。『下町連合渡御』に参加するともっと楽しんだろうなぁと思い、後日ボスに参加の相談をしたところ「絶対ダメ!!」と固く禁じられてしまいました。理由は慣れていない人が神輿を担ぐと肩を痛め、数日働くことが出来なくなるそうです。あ、そういうことね。

 

『下町連合渡御』を見た後、ちょっと休憩して「日枝神社」にお礼参りに行くのでした。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。皆様の旅のご参考になれば幸いです。

スポンサーリンク
パンダバナー