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宮城県の『多賀城』と『東北歴史博物館』と『牛タン』と

お世話になっております。

 

宮城県にはちょっと変わった名前の市があります。その名は多賀城市です。日本に有名なお城が沢山ありますが、市の名前に「城」が付く地域は数えるほどしかありません。

 

多賀城市は仙台市と塩釜市に挟まれた所にあります。人口6万人、面積約20㎢と決して大きな市ではありませんが、ここにある『東北歴史博物館』には東北の歴史、特に『多賀城』の歴史が詰まっています。

 

今回は1人でじっくり楽しめる『多賀城』と『東北歴史博物館』をご紹介します。

そもそも『多賀城』って何?

 

多賀城』は、当時の政権・大和朝廷が東北を中心に栄えていた「蝦夷」を制圧するために設置した軍事拠点です。724年、大野東人により築城されました。

 

東北歴史博物館・13

コレ↑は、「多賀城碑」を覆った小屋である「多賀城碑覆屋」です。

 

この「多賀城碑」に多賀城が724年に大野東人により建てられたことなどが彫られており、『多賀城』の貴重な記録となっています。ちなみに、この『多賀城』は日本100名城と日本三大史跡に選定されていますが・・・。

 

東北歴史博物館・12

 

実際、『多賀城』跡を訪れると、な~んにもない平地です。

 

ですが、近年『多賀城』の遺跡から「曲水の宴」の跡が発見され、今後の研究が注目されているんですよ。

 

「曲水の宴」とは、平安時代の宮中行事で禊・祓の神事です。平安装束に身をつつんだ参加者は、水が流れがある(曲水)の庭の上流より流れてくる酒盃が、ご自分の前を過ぎる前に和歌を作り、酒杯をいただくという神事です。

 

多賀城市では毎年「史都多賀城 万葉まつり」でこの「曲水の宴」を催されております。前回も2015年10月11日に行われました。今年も「史都多賀城 万葉まつり」が行われると思いますので、興味のある方は要チェックです。

 

『多賀城』の歴史だけではない『東北歴史博物館』

東北歴史博物館・1

 

『東北歴史博物館』は東北本線の「国府多賀城駅」の目の前にあります。

 

『東北歴史博物館』の周囲には、たくさんの国府・城柵多賀城の関連遺跡があるため、東北の歴史・宮城県の歴史・多賀城の歴史の研究に非常に力を注いでいる博物館です。

 

『東北歴史博物館』では、これらのたくさんの国府・城柵多賀城の関連遺跡を巡る「多賀城めぐり」の歴史探訪会を2016年5月から2016年10月まで開催しています。現在は東日本大震災復興祈念として「大白隠展」も開催しています。

 

今回、なぜこの『東北歴史博物館』を紹介したか?というと、この『東北歴史博物館』ではアメリカの歌手のレディー・ガガさんの「日本の為に祈りを。」と日本語で書かれたサイン・キスマーク入りティーカップを所蔵していることで有名な博物館だからです。

 

東日本大震災の復興チャリティーオークションで出品された、このティーカップを600万円で落札した歯科医師の弓 哲玖氏が『東北歴史博物館』に寄贈した翌日にお亡くなりになったエピソードに、当時、私は感動したのを覚えています。

 

『東北歴史博物館』のリアルすぎる展示室

東北歴史博物館・4

 

『東北歴史博物館』の館内は撮影が禁止されています。そのためここでは博物館の場外表示を見ながら、博物館の展示魅力を御紹介していきたいと思います。

 

東北歴史博物館の魅力は優れた情報処理技術によって1000年以上の世界のことをわかりやすく展示していることです。

 

展示は入館口手前から縄文時代、弥生時代、古墳時代、古代(奈良時代から平安時代)、中世(鎌倉時代・室町時代)、近世(江戸時代)、近代(明治、大正)の順になっています。私のオススメの展示は古代の展示です。

 

古代の展示は今から1300年近く前に組織された、地方行政の末端機関(今でいう市区町村役場)である城柵、多賀城でどのような政務が行われていたのかをリアルに再現したジオラマ展示が行われています。

 

このジオラマ、1300年前の文官(庶務の仕事を中心にこなす1300年前の役所の職員)の衣装は資料をもとにして忠実に再現したもので、実際に使われていたベルトも展示されているため歴史に興味のない方にも、当時の雰囲気を味わうことが出来ます。

 

また、9つのゾーンの各所には係員の案内役が常駐し、音声ガイドも用意されているため分からないことがあればどんどん質問することができますので、小学校や中学校の夏休みの研究には最適な所だなぁと思いました。

 

展示室の外にも歴史的資料『今野家住宅』

東北歴史博物館・5

 

『東北歴史博物館』の外に、昔懐かしい日本の田舎を象徴するような建物があります。それが『今野家住宅』です。

 

写真の手前の建物が中門(チュウモン)で馬小屋や倉庫として使われていたもの、写真奥の建物が居住スペースの本屋(ホンヤ)になります。

 

『今野家住宅』の本屋(ホンヤ)は1769年に建てられ、約20年前に石巻市北上町橋浦から移築されました。屋敷の中では最も古い建物で、宮城県の有形文化財に指定されています。また、敷地内の東の方には、氏神様を祀って、日々祈りを捧げていたようです。

 

宮城県仙台に戻ってエネルギーを猛チャージ

東北歴史博物館・10

 

『多賀城』と『東北歴史博物館』で歴史に触れ、勉強したらお腹が減ります!ということで、仙台に戻って腹ごしらえです!

 

仙台駅周辺には、宮城の美味しいものが勢ぞろいしています。「ずんだもち」「笹かまぼこ」「はらこ飯」は定番のメニューですが、特にオススメなのは、やはり「牛タン」ですよね。

 

「牛タン」は、お土産売り場から飲食店まで、どこに行っても食べることが出来る仙台の名物です。

 

「牛タン」の一番美味しい食べ方は、肉厚の牛タンと麦飯とテールスープの3点セットでしょうね!!

 

牛タン」は肉厚でないと美味しくないですし、独自の味付けでさらに美味しくしているお店が多いですので、自分好みの味を求めて、「牛タン」食べ歩きをしてみても良いと思います。

 

東北歴史博物館・6

 

ところで旅をしていて疑問に思ったのですが、なぜ「牛タン」が仙台の名物になったのか、どなたかご存じでしょうか?

 

「牛タン」は「味太助」の初代店主・佐野啓四郎氏が考案した食べ物だと勉強したにも関わらず、「戦時中のアメリカ軍の牛タン余りもの説」「伊達政宗が牛タンを初めて食べた説」などの面白説を多数聞いて帰ってきました。

 

他の歴史と同じで「コレが正解!!」って、やはり無いのですね・・・。

 

ということで、なぜ「牛タン」が仙台の名物になったのか?をご存じの方、コメント欄までご一報願います。

 

なんか『多賀城』から「牛タン」へ主旨が変わりつつありますが、また何か分かりましたら追記していきますね!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。皆様の旅のご参考になれば幸いです。

今回の観光地はココ↓です。

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